Kohpii Entertainment

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あの日僕はバカになった。「バカと付き合うな」を読んで。

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おはようございます。こーぴぃです。

先日こんな本が出版されました。

 

 ホリエモンこと堀江貴文さんとキングコング西野亮廣さんの共著

「バカとつき合うな」

です。タイトルからしてもう惹かれてしまいますし、意識高い系といえばのホリエモンとさらに西野さんとくればはねトび世代の僕としては読まない理由はないです。

 

この本を読んでいる途中は、「根本はまぁこの人たちがいつも言っているような(SNS等で)内容だよね」という印象しか持ちませんでした。

 

本の終盤でお互いのことをバカと呼び合い賞賛し、また最後には自分自身をバカと呼び分析、思想開示、読者へのメッセージという形で本書は締めくくられます。

そこで僕もこの人たちにならって自分を分析してみました。

すると僕には圧倒的にバカになっていた時期があったことに気づきました。この本でいう悪いバカになっていた時があったのです。

どうして気づいたのでしょうか??それは西野さんがホリエモンを分析した章とホリエモンの中高の人間の奴らについての部分から想起されました。

 

そう、僕の高校時代は完全にこの本でいうお利口なバカだったのです。

 

今回はそんな僕のエピソードを綴ります。本を書いている気分で。

 

 

 

 

 

 

くそバカだった中学時代

僕は三重県大紀町というところ出身です。生まれた時はバラバラだった4つの町村が合併して出来た町です。(小2頃に合併)従って人口は8000人程度。いわゆる田舎です。町の合併によって小中学校も合同になったのですが、これがまた複雑で、小学校はもともと5つだったのが、2校合同1校とそのまま×3校ということで4校に。

中学は2校合同1校と3校合同1校で2つになりました。

イメージとしては小学校2校合同のところに1校追加、もう一つは残った二校が合同。

面倒臭いのですが、町の合併は小2ごろで、小中の合同は僕が小6の時です。しかしタイミングとしてはものすごい良かったと思います。自我がしっかりしてくる頃に新しい出会いをする(初めての人間関係の広がり)のはそれだけ対応しやすいと思います。ってか4つ上の世代まで保育園から中学出るまでずっと一緒のメンツとか、やば。

(と言いながらも、町のスポーツ少年団でチームメイトだったりするのでもはや小学校違っても一部では友達だったりするわけですけどね。これまたややこしいので省きますがバラバラのチームが各町村であったのが合同していったのです。)

 

中学の同級生は40人(20人は保育園から10人は小6から一緒)。全校生徒約100人という中学校で僕は中学時代を過ごしました。

これでわかるように僕は中学まで新たな出会いというものをほとんど経験していません。だから考え方は偏っていました。同級生全員友達みたいな狭いコミュニティでの常識が世間一般でも常識だろうと考えていました。小さいコミュニティであるがゆえに世間体というものもありました。世間体に縛られていたわけではないと思いますが、世間体を気にすることは普遍的なもの、世間体なんて全く気にしない世界の存在を知らなかったので、縛られていたかどうかとか意識していなかったというのが正しいかもしれません。となれば縛られていたと言えるのでしょうか。主観的には縛られていないが、事実として縛られていたというのが最適ですかね。

 

ただその反面お利口ではなかったです。将来設計??なにそれ??って感じで日々友達と馬鹿やって遊んでいました。勉強するのは塾だけ。野球と遊戯王の日々でした。

当時はメールが流行っていたので、女の子とのメールのやりとりも日課でしたね〜。

 

東京に来て、アルバイトで様々な中学生を見て来たのですが、みんなどうも縛られている。やりたくもない勉強、つけたくもないであろう家庭教師。見ていてかわいそうになるけど、誰もやりたくないとかめんどくさいと口に出して言わないんです。ちょっとした態度と、成績をみればやりたくないのはすぐわかるのに。ただお利口さんとかよく頑張ったとかは親御さんに言われるためというか、親を困らせないように塾に通ったり、家庭教師の時間を取っているように僕は見えてしまいます。

これは非常にお利口だと言えるでしょう。

比べて僕は遊び呆けていたのだからクソバカでした。

 

さらに自分はみんなの前に立つことが好きだったので進んで室長とかをやっていました。生徒会はめんどくさかったのでやりませんでしたが、基本的には毎回〇〇長になってました。何かを企画したりするのがすごい好きなんです。

 

高校進学になると性格の負けず嫌いが発動して一応その地域ではトップ的な位置づけの高校を進路先とし、無事入学することができました。

これも受験勉強頑張ったんじゃなくて、定期テストで点数高くしてチヤホヤされたいという欲から、定期テストそれなりに点数とっていたのでそれが役立っただけなんですけどね。所詮三重県の田舎の自称進学校なんでそんなもんでも大丈夫です。受験期間が人生で一番遊びました。することなさすぎて毎日遊戯王をしてましたね。

 

こうして小さいコミュニティで考え方は狭いにしろ、妥協や同調というものをあまりせずにやりたいようにバカやって中学3年間はすぎて行きました。

 

 

バカだった高校時代

 地域ではトップの自称進学校に晴れて入学した僕に悲劇(笑)が襲います。

野球をやる気満々だったのですが、家庭の事情で諦めなければならないことになりました。僕の人生は半分くらいというか7割型野球で形成されてきたので少し戸惑いがありました。最初は苦しい練習なくなるからまあいっかと思わせていたのですがまぁ無理でしたね。

そんな脳筋かつ小さいコミュニティで育った僕に、色々な地区の頭のいい子たちが集まる学校は未知の世界でした。頭の良さというか勉強に関してはそこまで絶望的に差があるわけではありませんでしたが、テンションとかノリが絶望的に合いませんでした。

授業中思い白くても笑わないし、発言は自らしないし、頭がいいからかみんな損得勘定なしの裸のぶつかり合い、団結なんて無いし。

そこで僕は自分を貫いて周りを変化させていくということをやめ、周りに適応するという方法をとりました。最初の1ヶ月くらいは違和感がありましたが、そのうち慣れます。夏休みを迎える頃にはすっかり2つの顔を使い分けられるようになっていました。

 

もちろん中学の時のようにリーダーシップを発揮することもない(部活では少ししていたけれど、中学の時のように全体をまとめてはいませんでした。)ですし自分から授業中発言することや笑うことも一切なくなりました。

 

そう。このことこそ最大のバカなのです。

自分を貫かず周りに合わせる。通学の電車と学校で見せる顔が違う。そんなよくわからないスタイル。自称進学校ということで頭がいい子は当然多いです。でもそれは学校の勉強ができる、お利口であるというだけで突出した存在の人間はほとんどいません。もちろん全くいないというわけではありません。すごいのもいます。でも大半がありきたりなお利口さんなのです。僕もそのお利口さんに合わせた擬似お利口さんでした。3年間よく演じられたもんだと思います。通学の電車(往復3時間)で中学時代の友達と素で接することができていたおかげですかね。

 

でも高校生活が役立つことがあります。それは東京での生活においてです。自分の感情をコントロールする力を身につけ場に応じた対応をとれるようになりました。

それはバカなんじゃないか??と思うかもしれませんが何もかも自由にやっていたら犯罪という概念がなくなりますし、中学の時みたいな行動を東京(大学)でとったら間違いなく友達1人もできないと思います。大学での友人関係は大事なのでそこは妥協してもいいと思ってます。高校より1人の時間が多い大学生活では、演じるとまでいかないので全然バカになっているとは思いません。結構いまの大学は頭ぶっ飛んでるのが多いのでノリは違えど考え方は合いますしね。

 

あとはそういうお利口さんの思考や行動を知ることができ、自分の感性の拡大にもつながっていると思います。やはりいろいろな層の考え方や能力に触れることは大事です。

 

バカをこれからもやる

僕はバカです。YouTubeやってブログやってバイトやって大学1つやめている時点でだいぶバカでしょう。高校時代の同級生は皆就活を目前にしみんな苦しそうです。レポートがゼミがインターンが資格試験がとSNSで苦労が見えてきます。もちろんやりたいことの中での苦労ならいいと思います。でも僕にはそう見えません。なんで大変だと思いながらやりたくないことやっているんだろう??と思ってしまいます。日々変わり移るこの時代に安定を求めて皆思考停止で課題をこなしている姿を見るとやっぱりお利口さんだなぁと思ってしまいます。

 

対称に中学時代の同級生はみんな楽しそうです。苦しそうにSNSに乗せることもないですし、みんな自分の時間を生きているように思えます。やっぱり僕は中学時代の仲間が本当の仲間だと思いました。高校時代のように周りに合わせて行動することはやめて自分の思うように中学時代の心のまま日々過ごしていこうと思います。今はかなり中学時代の心に近づいています。なんなら中学時代よりも考え方が広くなってより自由になっているかもしれません。このままバカを貫いて生きます。

高校時代の知人からは変わったとか言われるかもしれません。でも僕は気にしないです。だって変わってないもん。君たちに見せていなかっただけだもんと。笑

わかってくれる友人がいるから、外野の言葉はシカトです。思考停止民はそっちで頑張ってください。僕はバカ、変わっている人間でいいです。

 

いつまでも地元の友達とバカしたいから。